2012年01月30日

人生ここにあり! にみる「霊的健全性」

  サポーターの秩父ユネスコ事務局の江田さんからの感想をご紹介します。

【 北川さんからお誘いのメールをいただき、「人生、ここにあり!」を見ました。霊的に健全な人たちの協働作業は、いいですね。寄せ木のように、それぞれの役割が生かされた組合は、理想の共同体ですね。

 教育現場も、こんな風に運営されるといいですね。そこでの教師は、ネッロのように、教えるより、つなぐ役割(ファッシリテーター)に徹する。

 私が関わる秩父ユネスコも、そのように進めて行きたいと思っています。

話し合いで進められる理想の共同体は、以前話しを聞いた、北海道のべてるの家に似ていますね。「三度の飯よりミーティング」、「問題があって順調」など、映画の中の組合と似ています。

 それにしても、霊的に健全な人たちの崇高なこと。物質的に豊かな現代人には、失われています。昨年訪れた祝島の人たちにも、霊的な健全さが宿っていました。四年に一度の祭り「神舞」に向けて営まれる共同体が、反原発の母体となっていると、山戸孝さんは言います。

 ウラン鉱石の採掘の反対に立ち上がるアボジリニの人たちも、霊的な健全性があると思います。

 秩父も、かつては、そんな霊的な健全性がありました。武甲山や、オオカミなどへの、畏怖の念や祈りなどが、ほとんど失われました。

 そのような物語をもった創作舞台「星のかけら 〜武甲山〜」を3月25日(日)に秩父市歴史文化伝承館ホールで行います。

 後日、チラシを持って、深谷シネマに伺います。よろしくお願いします。

                        秩父ユネスコ事務局 江田   】
posted by わたりどり at 19:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

退院して暮らしてみんべえ 報告

 サポーターのみなさん。お元気ですか?先週土曜日には、「人生 ここにあり!」に合わせて、精神障がい者の就労施設であり、グループホームである、伊勢崎の明清会の方に来ていただきトークを行いました。

 多くの方が映画の後も残って参加してくださり、活発に質問や意見交流などもあり、短い時間でしたが、とてもよい時を持てたと思っています。

 スタッフの方の「障がいを持った人たちの社会参加を妨げている一番は、偏見です。私たちのグループホームを作る際にも地元の反対があります」という言葉は、私たちの社会への問題提起であったと思っています。反対でないまでも、障がい者が働くこと、自立すること、社会の中で生きていくことに無関心になっていないだろうか。私自身自問してしまいました。

 マザーテレサはかつて、「愛情の反対は憎しみではなく、無関心です」と言いました。知らないこと。関心を持たないことは実は、間接的にいまの社会を変えていく妨げているのかもしれませんね。

 もちろん、障がい者福祉に対する貧弱な政策も変えていかなければなりません。自立支援法に代わる障害者総合福祉法の早期実施と、障害者基本法の精神の完全実施が求められます。

 5月20日〜26日には「共生 こころのひだまり映画祭」を深谷シネマとその周辺で開き、障がいのあるなしに関わらず、生きづらさを抱えたひとが集うフェスティバルを開く予定です。実行委員を募集しております。ぜひいっしょに作りませんか。         深谷シネマ理事 北川
 
posted by わたりどり at 19:31| お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画にみる憲法の精神 第11回

映画にみる憲法の精神  第11回
 『太陽』 
(2005年/ロシア・イタリア・フランス・スイス合作/115分/監督:アレクサンドル・ソクーロフ)

  1945年8月。その時、彼は庭師のように質素な身なりをしていた。その人の名前は、昭和天皇ヒロヒト。宮殿はすでに焼け落ち、天皇は、地下の待避壕か、唯一被災を免れた石造りの生物研究所で暮らしていた。戦況は逼迫していたが、彼は戦争を止めることができなかった。その苦悩は悪夢に姿を変え、午睡の天皇に襲いかかる。みるみるうちに焦土となる東京。失われる多くの命。うなされるように目を覚ます天皇の孤独。日本は、まだ闇の中にある。やがて、連合国占領軍総司令官ダグラス・マッカーサーとの会見の日が訪れる。彼は、ひとつの決意を胸に秘めていた…。
 
  内容については賛否いろいろとあるかと思いますが、天皇の私生活を描いたという点で画期的な映画です。戦後の日本映画で、天皇そのものを描いた映画は私の知る限りではありません。いわばタブーのテーマです。本来「象徴」としての天皇ですので、さまざまな議論があって然るべきでしょうが・・・。

憲法は、まず初めの第1章において天皇を規定しています。それほど、戦前と戦後に一線を引く、重要な位置づけなのでしょう。
第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。 
第4条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する機能を有しない

  戦前の支配層が敗戦を受け入れる条件として国体(天皇制)の維持に最後までこだわっていたことは周知の事実です。一方アメリカは、台頭するソビエトへの牽制として日本を資本主義圏に置く必要から天皇の戦争責任を追及せず、その中で生まれたのが象徴天皇です。

  いづれにしても、天皇のことを論ずることがタブー視される風潮は、象徴天皇にはふさわしくないかと思います。天皇の存在そのものも含めて、もっと風通しのよい雰囲気が国民の間にほしいものです。憲法もそう望んでいることでしょう。

  ちなみに、巨匠ソクーロフ監督はこの他にも歴史上の人物を描くという構想のもと、ヒトラーの「モレク神」、レーニンの「牡牛座 レーニンの肖像」があります。     北川   
posted by わたりどり at 19:09| つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする